レッド・ツェッペリン

 ブリティッシュロックの王者レッド・ツェッペリン。僕にとってこのバンドは、ビートルズやザ・フー以上に語ろうと思えばいくらでも語れるバンドである。僕が高校1年であった75年頃、多くのロックファンが読んでいたミュージックライフの人気投票ではツェッペリンが1位であったが、その後はクイーンが長い間1位を独占していたように記憶している。その他の上位にはELPやイエス、バッド・カンパニーの名前があったように思う。つまり、どう考えてもディープ・パープルはレッド・ツェッペリンより人気は下だったのである。しかし、なぜか僕の高校の同級生の間ではディープ・パープルが大人気であり、ツェッペリンファンは僕以外にいなかった。僕は、近所に中学時代の同級生が住んでいて、その男からフォーシンボルズを聴かされすでに「ブラック・ドッグ」と「天国への階段」に嵌っていたこと、高校の同級生らがカッコいいと言っていた「ハイウェイ・スター」や「ブラック・ナイト」がバカみたいでカッコ悪いと感じたこと、そもそもその同級生らがバカ(僕も同じ高校です)であったことなどから、天邪鬼的にツェッペリン好きを公言していた。

 僕はツェッペリンを好きになるべく、当時すでに発売されていた「ツェッペリンⅠ」から「フィジカル・グラフティー」まで全て聴いてみた。たしかにカッコいい曲はあった。たとえばⅠなら「グッド・タイムズ・バッド・タイムズ」、「ハウ・メニー・モア・タイムズ」、Ⅱなら「ハート・ブレイカー」、「ブリング・イット・オン・ホーム」、Ⅲなら「移民の歌」、「アウト・オン・ザ・タイルス」などの曲はカッコいいと感じたが、その他は十分には満足できなかった。また、「聖なる館」も全曲せいぜい佳作どまりであり、さらに、全体的に見ても、ハードロックとしてみればディープ・パープルには全く太刀打ちできず、大いに不満であった。「フィジカル・グラフティー」がこの中では一番かな、と感じていた。ツェッペリンにしてはギターリフのある曲が多く、またどの曲も丁寧に創られていると感じたからだ。それでも、ツェッペリンのギターリフはどれも鈍重でカッコいいとは到底思えなかった。ツェッペリンのライヴ盤「永遠の詩」が発売されたのはそんな76年の秋だった。

 このライヴ盤が凄かった。全部が凄かった。否、「天国への階段」だけはギターソロのフレーズがおセンチで弱々しくて嫌いだった(フォーシンボルズでは力強くて緊張感があって滅茶苦茶カッコ良かったのに)。逆に言えば、他は全部力強くて好きだった(ドラムソロを除く)。どうしてスリーピースでこんな音が創り出せるのか不思議だった。「幻惑されて」も「ノー・クウォーター」も「胸いっぱいの愛を」もあの長さにかかわらず、ほとんど長さを感じさせられず、最初から最後までカッコ良かった。これを聴いてからⅠ、Ⅱ、Ⅲ、フォーシンボルズ、聖なる館を聴くと、これまでと印象がまるで変ってしまったのである。実は、この当時の僕はリッチー・ブラックモアを超える速弾きのスーパーハードロックギタリストを探す(心の)旅に出ていたのであるが、このライヴ盤に出会ったことによって、僕はようやくリッチー・ブラックモアの呪縛から解放されたのである(この辺りの事情は後述する)。

 そして「プレゼンス」である。発売当時、僕はこれが一番好きだった(今なら一番はⅠかⅡとプレゼンスで迷うが、この好きになる順番も普通のファンとは逆であろう。この理由はライヴを観てファンになった者〔日本にもいるが主に欧米のファン〕とそうでない者の違いだと思われる)。トラディショナルやカントリー調の曲がなく、フォーシンボルズのような無駄な分厚さもなく、それでいて(少ない音で)全体を緊張感が包んでいたからである(僕は分厚い音が昔からあまり好きでない)。反面、この中で一番好きでなかった曲が(普通のファンとは反対に)「アキレス」だった。この理由もギターソロの部分がコード進行も相まっておセンチで弱いところにある。この曲は曲調がマイナーであるが、このマイナー臭を消すためにジミー・ペイジはリフやバッキングで単三度の音の使用を避ける(こんなことは当然のことだが)他、ベースをワンノートでゴリゴリに押し通したり、ギターのバッキングで6弦の開放をDの部分でも使うなど工夫しているが、完全に成功しているとはいえない(もちろん弱さは多少解消されているが)。そうだとしても、「アキレス」のイントロとエンディングにおける期待感・不安感をかき立てるフレーズはさすがのカッコ良さである。

 今ではディープ・パープルと無関係に、つまり天邪鬼的にではなく、僕はツェッペリンの良さを完全に理解している。ツェッペリンの良さは、ジミー・ペイジのギターフレーズの多彩さや音の力強さなどの他、ドラムの力強さ、そのフレーズの多彩さなどがあるが、それらに加えて、バスドラの変則的な連打(例えば有名なグッド・タイムズ・バッド・タイムズにおけるいわゆる頭抜き3連など)に代表されるジョン・ボーナムの異様なリズム感にあるように思える。これらの点は後述する。

 このように、ジョン・ボーナムは、このバンドの魅力の大きな部分を占めていたといえる。そのジョン・ボーナムもわずか32歳の若さで他界した。その年はジョン・レノンが射殺されたのと同じ80年であった。そして、ブリティッシュロックの象徴ともいえるレッド・ツェッペリンは、ジョン・レノンの死の直前の同年12月4日に解散を表明した。この事実も「ロックは70年代で終わった」とする僕の主張の重要な根拠の一つとなっている。

 ただ、ツェッペリンというかペイジープラントというべきか、このバンドには問題があるといわざるを得ない。淡々と事実のみを示すが、ツェッペリンの曲のクレジットの多くは解散後に変更されている。変更されていない曲の中にも問題のある曲が複数存在する。スティーヴ・マリオットにも実はいろいろと問題があったということだろうか。わざと解りにくく書いている。知らない人は気にする必要はない。