ポール・マッカートニー

 2016年5月現在、ポールは73歳であるから、12年7月27日のロンドンオリンピック開会式当時、ポールは70歳だったことになる(ポールの誕生日は6月らしい)。

 ロックファンなら周知のとおり、ポールはこの開会式で「ヘイ・ジュード」を歌っている。それも原曲のキーで、後半の延々と続くアドリブのシャウトも披露している。そして、これが予定外のことであった(ポールにとっては予定どおりだったのだろう)こともロックファンなら皆が知っているとおりである。当初オリンピック委員会は70歳のポールの身を案じ、別に録音した「ヘイ・ジュード」の歌を会場に流してポールには口パクをさせる予定であった。実は僕もどうせ口パクだろうと思って観ていたのだが、途中まで歌がユニゾンで聞こえていて不思議に思っていたところ、途中からポールの声が一つになった。そこでようやく解ったのだが、ポールは自分の歌がバックで流れているにもかかわらず、自分のマイクを通して自分で歌っていたのであり、ポールが合図をしたのであろうか、別録りのポールの歌声が切られ、ポールの生歌だけに切り替わったのだ。数ヶ月を掛けて喉を仕上げたのであろうが、「ヘイ・ジュード」は後半に裏声のシャウトが延々と続くのである。これを70歳のポールが自らやろうと言うのであるから、恐れ入ると言う他ない。

 これはいかにもポールらしいエピソードだと思う。何かの本で見たが、ポールはジョンが「オー!ダーリン」を歌いたがっていることを知りながら、入念にウォーミングアップをして自らこの歌を歌った(録音した)と聞く。たしかに「オー!ダーリン」でのポールには、何かに憑りつかれたような凄みがある。加えて、「オー!ダーリン」の凄さは、声量と高音域の広さだけでなく、音程の正確さもある(この曲の音程は激しく上下する)。この点はポールの歌の全体にいえることだが、ジョンが音程を正確にとることにあまり興味をもっていなかったように見えることと対照的である。

 この観点は面白いのではないか。例えばイアン・ギランは音程を大切にするが、ロバート・プラントは全く気にしない、ロジャー・ダルトリーは大切にするが(ピートの曲は音程をとるのが難しいにもかかわらず)、ミック・ジャガーはほとんど気にしない(どころかむしろあえて外し気味に歌うのが好きだといえる)などは、多くのファンが共感できるところだろう。

 この違いは何かを考えると、バンドの違いや曲の違いに起因するようにも思えるが、実は作曲者の意向、さらに優先的にはそのシンガーの歌に対する考え方に起因するように思える。なぜなら、カヴァー曲を歌う場合には作曲者の意向は無関係なはずのところ、上記の違いはカヴァー曲の歌い方でもあてはまるからである。

 これをポールについてみると、ポールはR&R系の歌でも正確な音程を意識しており、それが「ロング・トール・サリー」などでのパワフルかつメロディアスなシャウトに繋がるのであり、ジョンについてみると、たとえば「ツイスト・アンド・シャウト」などではレコードではだいたいの音程が合っているが、ライヴの歌を聴けば(ポールと比べれば)かなり適当であり、ここからすれば、レコードでも絶対に合わせようとまでは考えていないように思える。

 これらから推測するに、ポールにとっての歌は、唯一無二のメロディーで構成されるものであり、それはシャウト系の歌でも同じだということである。しかし、多くのロックファンは、シャウト系の歌については音程を意識していないのではないか(だからこそジョンのような歌が存在する)。そうであれば、多くのロックファンにとって(僕もそうだが)、シャウト系の歌は、音程を意識していないように歌われた方が自然に感じられるのではないだろうか。

 そうだとしても、「オー!ダーリン」が聴く者の心を揺さぶるのは事実である。加えて、「ロング・トール・サリー」、「カンサス・シティー」、「アイム・ダウン」、「ガット・トゥ・ゲット・ユー・イントゥ・マイ・ライフ」などの一本芯の通ったぶれないシャウトを聴けば、ポールが若い頃から超一流のシンガーであったことがわかるであろう。

 思うに、ポールは、ミュージシャンとしてのプライドが人一倍(ジョン以上に)高いのではないか。そこで、若い頃からジョンに負けたくない一心で高音やシャウトの練習を繰り返したのではないか。だからこそ、後期には、「バースデー」や「ヘルター・スケルター」、「アイヴ・ガッタ・フィーリング」などで、ド迫力のシャウトができるまでになったのではないだろうか。

 実は、「ホワイトアルバム」においてポールは本格的なドラミングまで披露しているが(その理由には触れない)、ポールは決してその点を自慢することはない。どこか、ピアノやドラムができることについて、「僕を誰だと思っているの?」と言いたげにみえ、このようなところに「俺はポール・マッカートニーだ!」という強烈なプライドを感じるのである。