キース・ムーン

 ポール・マッカートニーは好きなドラマーとして、リンゴ・スター、キース・ムーン、ジョン・ボーナムの3人を挙げているらしい。そこで、僕もこの3人にはそれぞれ思い入れもあるし、それぞれ個性も感じていたのでこれで行こうと思っていたが、「ディア・プルーデンス」でドラムを叩いているのがポール・マッカートニーだったということをつい最近知ってしまい(そうであれば、最後のドラミングのアイデアはジョンとポールのどちらのものだったのか。頭に浮かんだイメージの実体化という当時のジョンの作曲手法からすればジョンだろうが、ポールはリンゴに注文が多かったらしいし判らない)、非常に動揺しているので、急遽ムーニーとボンゾだけにする。

 キース・ムーンと言えば、イギリスで行われるドラマーランキングでほぼ毎回2位にランクインし、アメリカでも2010年のローリングストーン誌の選ぶドラマーランキングで2位にランクインした、言わずと知れたロック界最高峰のドラマーの1人である(さらにジョン・エントウィッスルは同ランキングのベーシスト部門で1位だから、欧米で、ザ・フーのリズム隊がいかに化け物と認識されているかが解るだろう)。ちなみに、ドラマーのランキングで1位はボンゾの指定席である(もっとも最新ランキングではムーニーとともに少しランクを下げたようだ)。

 さらにキースと言えば、常軌を逸した悪戯でも知られるが、ロックファンの間では、ハイハットを置かないユニークなセッティングでも知られる。しかし、それはライヴでのことで、スタジオでのレコーディングでは使用している。もっとも、そのセッティングは「キッズ・アー・オールライト」の映画中の「フー・アー・ユー」のメイキングを見る限り、かなり変わっている。まず、なぜかワンバスであり(ライヴのキースはツインバスである)、それなのに、ハイハットが通常のライドシンバルの位置、つまり右側にあるのである。キースがリンゴ・スターのように左利きなのに右利きのセッティングで叩いているとは聞いたことがない。そうすると、ワンバスは右足だろう。ところが右側にあるハイハットの音はクローズなのである。えっ?右足でハイハットも踏むの?それじゃキースの左足は何するの???なのである。

 ここは追及してはいけないのである。ライヴでのキースは、ライドシンバルを左はハイハットの位置に、右は普通の右利きドラマーのライドシンバルの位置にと二つ置き、多くは左側のライドシンバルを8で叩き、時折気分転換のように右側のライドシンバルを8で叩いているが、さらに、左右のライドシンバルを一発ずつ交互に8で叩くことも多い。これは相当にバカげているが、複数のライヴ映像を確認しても、キースは普通にいつもやっていた。「フー・アー・ユー」のメイキングを観ると到底そんなことはできそうに見えないが(それほどにキースは弱っていた)、そもそもできる必要はない。

 僕にはテクニック的なことは解らない。しかし、あまり語られないが、キースはパワフルなドラマーなのである。そもそもキースはハイ・ナンバーズ時代のライヴに「オレのほうが上手く叩いてやる」といって飛び入りで出演し、ドラムセットを叩き壊したエピソードが有名だが、これは酔っていたこととキースのパワーが相まって壊れたと思われ(アマチュア時代に他人のドラムセットを故意には壊さないだろう)、ピートもジョンもあまりのパワーに「こいつで決まりだ」となったのである。ザ・フーの初期のCDを聴けば、ザ・フーのドラムの音量が他のバンドよりかなりでかいことに気づくだろう。ピートとジョンがアンプを積み上げたのはキースのドラムの音がやたらとでかかったからだ、とジョンも言っている。また、テクニック面についても、ジャズの人気ドラマー、トニー・ウィリアムスのインタヴューを20年以上前に見たことがあるが、そこでは「ライヴ・アット・リーズ」での「ヤングマン・ブルーズ」のドラミングが「フリースタイル」と呼ばれ、絶賛されていた。にもかかわらず、インターネットでアマチュアドラマーのキース・ムーン評を見ると、「プレイヤーとして一般に評価は高くないが、そんなことはない」という消極的な肯定評価が多く、ジョン・ボーナムに対するが如く、積極的な肯定評価はあまりなかった。

 まあいい。僕はプレイが凄いからキースが好きなわけではない。そんなことより、キースが叩くことによって、それだけでカッコ良くなった曲がいったいどれくらいあるだろう。「マイ・ジェネレーション」も、あのエンディングの破壊的フィルインは相当に斬新かつ衝撃的だったが、あれがなかったとしたら、ザ・フーはあれほど早くスターになれなかったに違いない。「キッズ・アー・オールライト」にしても、キースでなければあれほどの躍動感は絶対に生まれなかっただろうし、「ハッピー・ジャック」なんて、キースがいなければあのアイデアをピートは曲にすらしていないだろう。「アウト・イン・ザ・ストリート」や「リーヴィング・ヒア」、「ヒート・ウェイヴ」、「リトル・ビリー」だってそうだ。あの躍動感はザ・フーならではのものだが、ザ・フーと他のバンドの最大の相違点は、キースがいるかどうかなのである。

 実は、僕がキースを好きな理由は別に一つある。これは極めて説明が困難であるが、キースのフィルインが歌っている(とでもいうべき)ところである。例えば多くのドラマーは、曲の1番、2番、3番などで、歌のバックのスネアの位置やフィルインをほとんど変えないが、キースが同じ曲で全く同じフレーズを叩くことは、少なくとも「トミー」以降ではないはずである。キースがめっきり衰えたといえる「四重人格」を見てさえ、例には事欠かない。とりわけ素晴らしいのは「ダーティー・ジョブス」だ。この曲はサビに細かいフィルインが多くあっていかにもザ・フーらしい曲であるが、最初のサビ、2回目のサビ、最後のサビのそれぞれ異なる位置で3連のフィルインが効果的に用いられ、大サビに移るところや最後のサビの決めの部分でとっておきのフレーズを用意している。キースのことを何も考えていないようにいう人がよくいるが、そんなことは絶対にない。さらに、「四重人格」ではキースの衰えが目立つが、全盛期の「ライヴ・アット・リーズ」を聴くと、トニー・ウィリアムスの絶賛する「ヤングマン・ブルーズ」も素晴らしいが、「マイ・ジェネレーション」に挿入された「スパークス」では、全編叩きまくりにもかかわらず多彩なフレーズで終始歌い続けるキースのドラミングが本当に素晴らしいのである。さらに「サマー・タイム・ブルーズ」では、2番の1回目のみシェイクで叩くアイデア、まるでロールのような2種類の3連のフィルイン、デラックス・エディションに収録された「フォーチュン・テラー」から「タトゥー」に移る直前部分のフィルインとその後のトトタタトトタタのスネアのアイデア(「リーヴィング・ヒア」でも一度だけやっている)などは、滅茶苦茶カッコいいだけでなく、もはやこれを褒め称える表現方法が日本語に見当たらないのだ。

 ごめんなさい。キースのどこが好きかを伝えようとして支離滅裂になってしまった。しかし、僕が発狂しかねないほどにキースが好きだということは伝わったかもしれない。