ジェフ・ベック

 僕のジェフ・ベックとの出会いも高校2年の時である。リッチー・ブラックモアの呪縛の中で、リッチーを超えるスーパーギタリストを探す旅において、「トゥルース」が最初の出会いだと思う(ひょっとするとラジオで「ワイアード」の「レッド・ブーツ」くらいは聴いていたかもしれないが)。ジェフ・ベックに対する予備知識は、ツェッペリンのファーストに強い影響を与えたらしいこと、クラプトンが「スローハンド」のニックネームで知られる正統派のブルースギタリストであるのに対し、超攻撃的ギタリストであるらしいことなどであった。これらの予備知識から想像されるとおり、僕のジェフ・ベックに対する期待は相当に大きかった。

 しかし、クラプトンにはがっかりしたのに対し、ジェフ・ベックには意表を突かれた感じだった。勝手に剛球投手だと想像していたら、もの凄い変化球投手だった、と言えば解るだろうか。否、これは適切ではない。ジェフ・ベックを変化球投手と呼ぶなら、本格派投手とはクラプトンとなろうし、ジミヘンさえ変化球投手となりそうだ。とにかく、ジェフ・ベックは僕の探していたギタリストではなかったが、十分に僕の興味をかき立てたのである。

 ジェフ・ベックの一般的な評価をみると、スライドギターが上手いこと、トリッキーなことなどがあるが。スライドギターについては「ディフィニトリー・メイビー」という名演があるとおり、稀代の名手である。トリッキーについても、スケールどおりにのべつ幕なしに弾きまくらず、バンジョーのトレモロのような奏法や突然超高音を使ったりすることを指すのであれば、誤りではない。

 ジミ・ヘンドリックスは、ジェフ・ベックについて「イギリスで最高のギタリスト」と称賛し、ジェフ・ベックはこれを素直に喜んでいるが、ヘンドリックスの知るジェフ・ベックは第1期ベック・グループまでであり、この当時にクラプトンより上と言えたかは疑問がある(68年までならクラプトンのほうが上手かったと思えるから、ヘンドリックスは何らかの理由でクラプトンを貶めたかったのではないかと勘繰ってしまう)。思うに、ロッド・スチュワートを従えてハードな曲を演奏していた第1期と比べ、第2期はかなり地味な印象だが、スライドギターやバッキングでも名演の多い第2期も人気があり、僕はむしろ第2期のほうが好きである。この時期のジェフ・ベックであれば、クラプトンを超えたと言ってもいいと思うのだが。

 僕にとってのジェフ・ベックの素晴らしさは、ギターソロメイカー(そのような言い方があるかは知らないが)としてである。ジェフ・ベックのギターソロの印象としては、とにかく丁寧にきっちり創り上げられていることが挙げられる。その特徴は、ギターのメロディーが半音ずつ針で縫うように刻まれる場面での不安定感、パチンコ玉が釘に絡まりながら転がり落ちるようにメロディーが下降する場面での心地良さ、これらが挙げられよう。僕の好きなソロとしては、「レット・ミー・ラヴ・ユー」、「ハイウェイズ」、「哀しみの恋人達」、「ディフィニトリー・メイビー」などが挙げられるが、前半3曲はその典型である(かつ、後半2曲はジェフ・ベックならではの繊細な表現力が素晴らしい曲である)。昔に何かの本で見たのだが、ジェフ・ベックは、プロデューサーから録り直しを命じられても絶対に一発目を録音・発表するらしい。実際に、「哀しみの恋人達」でもミストーンがそのままレコードに(CDにも)残っている。実際には「ユー・シューク・ミー」などで別テイクも残っているが、クライマックスとなる後半のギターはギミックオンリーでやる気が感じられない。プライドの高いミュージシャンなら当然のようにも思えるが、穿った見方をすれば、ジェフ・ベックはレコーディングの度にギターソロを練っていながらアドリブのふりをしていたのではないか(クラプトンだってビートルズとの共演ではギターソロを練っているし何ら恥ずかしいことではないのに)、それがばれるのが嫌だから録り直しを嫌がったのではないか、などと勘繰ってしまう(他のメンバーには迷惑な話である)。

 ところで、BBAの評価は難しい。アメリカでもヒットしたことから判るとおり、ジェフ・ベックのファンはハードロックを待ち望んでいたのだ。しかし、ジェフ・ベックの魅力とは繊細な表現力だろう。古いインタヴューで、イングヴェイ・マルムスティーンらの速弾きギタリストをどう思うかとの質問に対し、「彼らの見えないギターは本当に素晴らしい。でも俺は音楽を聴かせたいんだ」と答えているが、BBAでのディストーションサウンドでの弾きまくりはこれに反するだろう。ただ、ジェフ・ベックはヘンドリックスから「お前のブルースは気持ち悪いから止めておけ」と言われ、素直にそれに従っているのである。ジェフ・ベックも一度はハードロックを弾きまくりたかったのだろうし、ライヴは「らしさ」も出ていたし、これで気が済んだであろう。

 ギタリストジェフ・ベックと無関係であるが、幾つか気になる点があるのでそれらに触れる。たとえば「レット・ミー・ラヴ・ユー」のクレジットを見ると「Rod」と書かれており、シンガーのロッド・スチュワートの作詞作曲だろうと解る。しかし、この曲はスリーコードのブルースであり、オブリガードからギターソロまでジェフ・ベックが作っているのであるから、クレジットも「ロッド‐ジェフ」でよかったはずである。そんな曲は他にもある。また、レッド・ツェッペリンが何でもかんでも「ペイジ‐プラント」として曲を発表していたことなども合わせて考えると、ジェフ・ベックは少しお人好しがすぎたように思う。また、ジェフ・ベックには不運もあった。ロッド・スチュワートがフェイセズへの参加を待っていた間に交通事故をしていなければ、ペイジに負けなかったかもしれないからだ(当時のアメリカのツェッペリンデビューアルバムのレヴューの中には半年前のジェフ・ベック・グループの「劣化コピー」のような酷評もあったのである)。そんなことを考えるせいか、「トゥルースをパクってスターになった」と考えたジェフ・ベックは、ペイジを激しく憎悪していたのではないかと考えてしまうのである。

 しかし、いつも「いや、そんなわけがない」と考え直すのである。ペイジはジェフ・ベックの「ブロウ・バイ・ブロウ」について、インタヴューで「ギタリストの教科書」と言ってたじゃないかと。

 正直を言えば、ペイジの同世代のミュージシャンからペイジのいい評判は聞いたことがない。ピート・タウンゼントは「ツェッペリンについては何も言いたくない」と言っていたはずだが、その他で聞こえてくるのは罵詈雑言のオンパレードである(発言者は不明)。これに対し、真面目にギターに取り組み、未だ現役ギタリストとして多くのミュージシャンから尊敬されるジェフ・ベックなのだから、もうペイジに対して上から目線でいいんじゃないかと思うのである。