アビイ・ロード(ザ・ビートルズ)

 日本で一番人気のあるビートルズのアルバムは何だろうか。好きな曲をアンケートすれば、1位はいつも「レット・イット・ビー」である。

 この点、ビートルズ公式サイトの発表によると、2000年は1位「アビイ・ロード」、2位「レット・イット・ビー」、3位「サージェント・ペパー」で、2006年は1位「アビイ・ロード」、2位「ラバー・ソウル」、3位「ホワイトアルバム」となっているが、これは日本独特の順位だ。イギリスは歴代売上での比較になるが、「サージェント・ペパー」がビートルズの中では断トツの1位である(2位はかなり離れて「1」だ)。

 一方、僕の好きなアルバムとなると、「ウィズ・ザ・ビートルズ」、「ラバー・ソウル」、「リボルバー」あたりが1位になる。ならばなぜ「アビイ・ロード」を取り上げたか。

 それはこのアルバムが持つ「煌びやかさ」と「儚さ」が僕の胸を締めつけるからである。もう一つは「アビイ・ロード」の発表された当時のブリティッシュロック界におけるビートルズの立ち位置が面白いと思ったからだ。以下、簡単に各曲についてコメントする。

 1曲目は「カム・トゥゲザー」。これまでのビートルズには無い、粘ついた泥臭い曲だ。歌のバックはポールの極めて控えめなエレピとベースのみ。「アビイ・ロード」といえばポールのアルバムだと思うが、これはジョンの曲である。ポールが気を遣ってオープニングをジョンに譲ったのかもしれない。とはいえジョンの歌がいかにもロックシンガーしていてカッコいい。僕はこの声が好きなのだ。続けて「サムシング」。これはジョージの最高傑作だろう。1回しかしてくれない転調してのサビ、そこでのポールのハモリもカッコいい。いつも思うのだが、ポールのハモリはジョンよりもジョージとの相性がいいのではないか。約束を違えて次はすっ飛ばす。4曲目は「オー・ダーリン!」。これはポールの歌ではベストパフォーマンスだろう。2度目のサビに移るところでのリンゴの3連の長いフィルインをバックに“Believe me darling”と気取るところなど、鳥肌が立つほどのカッコ良さだ。「オクトパス・ガーデン」はリンゴの曲とされているが、ジョージのアイデアである転調しての間奏が面白い。次が問題作「アイ・ウォント・ユー」だ。「ハッピー・クリスマス」にも通じるユニークなマイナーブルース部分と“She's so heavy”部分からなる狂気の曲である。オルガンによるドミナントセブンスのコードに-9(フラットナインス)を当てはめてジャージーにアレンジした部分もカッコいいが、この曲のハイライトはやはりエンディングの異様な盛り上がりであろう。この激しい嵐がジョンのヨーコに対するイメージなのだろうか。

 アナログのB面1曲目は「ヒア・カムズ・ザ・サン」。これはターンテーブルでレコードを裏返して仕切り直しをした上で聴くのがいいのだろう。CDだと「アイ・ウォント・ユー」の衝撃のエンディングの余韻が楽しめないからだ。そして、「ビコーズ」を挟んでポールの「ユー・ネヴァー・ギヴ・ミー・ユア・マネー」が静かに始まる。この曲は、僕がこのアルバムに抱く「煌びやかさ」と「儚さ」を体現しているのであるが、それと同時にこのアルバム中の屈指の名曲だと言いたい。次々に広がる展開が楽しい曲であり、ポールの天才が垣間見られる曲である。「サン・キング」からは二つのパートからなるメドレーである。最初のメドレーではジョンの「ミーン・ミスター・マスタード」とポールの「シー・ケイム・イン・スルー・ザ・バスルーム・ウィンドウ」がカッコいい。前者はポールのハモリが初期を思い出させるが、リズム隊の完成度の高さは初期とは比べものにならない。とりわけポールのベースが冴え渡っている印象だ。次のメドレーは「ゴールデン・スランバーズ」から「ジ・エンド」まで一気に突っ走る。「キャリー・ザット・ウェイト」は「ユー・ネヴァー・ギヴ・ミー・ユア・マネー」の別展開を別の曲にしたもので、ポールのしたり顔が目に浮かぶ。ただ、「ジ・エンド」におけるポールの意図は不明である。メンバー同士でバトルのようなことをしているが、当時はレッド・ツェッペリンのデビューの衝撃でロック界が揺れており、このような演奏を披露した意図が解らないのである。ひょっとすると、この時点ではまだポールはビートルズでライヴを再開したかったのだろうか。「ハー・マジェスティー」は、「アイ・ウォント・ユー」がA面をぶち切って終わったのに合わせて中途半端にわざと終わったのではないか。ビートルズの最後が「ジ・エンド」で終わることへの照れくささもあったのかもしれない。

 このアルバムの曲には「ホワイトアルバム」や「レット・イット・ビー」には無い張り詰めた緊張感があり、それと同時に豪華さがある。それがあたかも「最後の晩餐」のようであり、僕には「煌びやか」でかつ「儚い」ものに映るのだ。結果的に、ハードロック・プログレッシヴロック界からのニュースターの標的になり、「アビイ・ロード」はビートルズの墓標になってしまった感がある。現実に、「アビイ・ロード」は「レッド・ツェッペリンⅡ」に全米1位の座を明け渡したのである。

 「アビイ・ロード」はビートルズが創ったのであるから素晴らしいアルバムであるに決まっている。だが、「レッド・ツェッペリンⅠ」「Ⅱ」を聴いてから「アビイ・ロード」のB面を「ジ・エンド」まで聴けば、当時のロック界におけるビートルズの立ち位置が理解でき、よりブリティッシュロックがファンの立場から理解できるだろう。(1969年9月発表)