ラバー・ソウル(ザ・ビートルズ)

 前回レビューしたザ・フーの「マイ・ジェネレーション」と同日(65年12月3日)発売だったことにまず驚いたが、それはさて措き、ビートルズで名盤を選ぶのは本当に悩んでしまう。以前に「アビイ・ロード」を選んだのは、一般に(とりわけ日本で)評価が高いからだ。この基準なら次は「サージェント・ペパー」が順当だろう。だが、次は僕の主観で選びたかった。そうなると、「アビイ・ロード」のレビューで述べたとおり、「ウィズ・ザ・ビートルズ」、「ラバー・ソウル」、「リボルバー」のどれかになる。

 では、なぜ他のアルバムは違うのか。まず「レット・イット・ビー」はないだろう。「アクロス・ザ・ユニバース」、「ロング・アンド・ワインディングロード」などのフィル・スペクターのアレンジがロックじゃないからだ。「ホワイトアルバム」も散漫な印象だ。「プリーズ・プリーズ・ミー」もただの良くできたデビューアルバムにすぎない。

 次に、「ハード・デイズ・ナイト」、「フォー・セール」、「ヘルプ」の三作と「ウィズ・ザ・ビートルズ」では、正直なところいずれといずれも甲乙つけ難い。ただ、「ハード・デイズ・ナイト」と「ヘルプ」は映画で多くの曲が有名であり、さらにシングルカットが2曲ずつあって商業主義が強いこと、「フォー・セール」は「ウィズ・ザ・ビートルズ」とともにシングルカットこそないが、「ウィズ・ザ・ビートルズ」と比べると圧倒的な爆発力が足りなかったことでカットした。次に、なぜ「サージェント・ペパー」ではなく「ラバー・ソウル」と「リボルバー」かであるが、「サージェント」でのポールの曲は「ホワイトアルバム」と比べるとせいぜい佳作どまりであり、ジョンの曲も「ラバー・ソウル」や「リボルバー」と比べるとやや見劣りする。「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」はたしかに凄い曲であるが、ジョンは「もっと凄い曲になる」と思っていたらしい。他方、「ラバー・ソウル」と「リボルバー」はジョンとポールの楽曲が素晴らしい。今回「ラバー・ソウル」を選んだのはたまたまだ。別の日なら逆を選んだかもしれない。

 さて、オープニングの「ドライヴ・マイ・カー」はポールの曲。前作「ヘルプ」までと異なり、オープニングはかなり地味である。しかし、65年の末といえばキンクスやザ・フーが歪んだ音でハードな曲を演奏して人気を得始めており、またクラプトンによりブルース人気も高まっていたことから、ポールがこれらを意識していたのは間違いないだろう。「ノルウェーの森」はジョンの曲で、シタールを最初に録音に取り入れた意欲作だ。転調してのサビが心地いい。そして「ユー・ウォント・シー・ミー」、「ひとりぼっちのあいつ」と続く。前者はポールの隠れた名曲といえ、後者はジョンの曲で、ジョン、ポール、ジョージの三人の重厚なハーモニーが美しい。この2曲はポールの美しいベースラインが印象的で、どちらも僕の大好きな曲だ。次の「嘘つき女」はジョージの曲。だからなのか、エンディングが「ホワイトアルバム」の「サボイ・トラッフル」と同じである。「愛のことば」はジョンの曲だが、サビでわざともたらせ気味に弾くジョンのリフとそこでのジョンのシャウトがやたらとカッコいい。次はポールの「ミッシェル」。これはビートルズ屈指の名曲で、珠玉の名曲らしい。「ラバー・ソウル」には「ミッシェル」以外に大した曲はない、なんて評釈もあったそうだ。しかし、残念ながら僕はこれを一度も名曲と感じたことがない。僕の美的感覚が異常なのだろう。

 アナログB面は「消えた恋」から始まる。これはリンゴがライターに加わった曲で、リードヴォーカルもリンゴである。次の「ガール」はジョンの曲。いかにも日本人が好きそうな曲だが、イギリスでも人気らしい。僕はどうもキーがマイナーの曲でドミナントのコードがdominant7になる曲が苦手だ。ポールの「君はいずこへ」の次は、いま世界中で人気急上昇中らしい「イン・マイ・ライフ」だ。いったい、この曲はジョンとポールのどちらが作ったのだろうか。ジョン作曲説が通説だと思うが、なら何でジョンの死後にポールはあんなことを言ったのか、と残念でならない。なお、ジョージ・マーティンの間奏のピアノは速度を落として録音し早回し再生されているが、ピアノがチェンバロのようにも聞こえ、マーティンの左手のフレーズと相まってバロック調の雰囲気が醸し出されている。この曲の厳かな雰囲気はこのバロック調のピアノによるものだろう。あとはジョンとポールの「ウェイト」、ジョージの「恋をするなら」と僕の好きな佳作が続き、ジョンの「浮気娘」で終わる。

 本作は、イギリスでの公式6作目のアルバムである。「ヘルプ」の映画を観た人ならわかるだろうが、「ヘルプ」までのビートルズは音楽を理解しているかどうかも判らない若者のアイドルだった。本作は日本では「ウィズ・ザ・ビートルズ」、「フォー・セール」とともにかなり地味な印象だが、収録曲はバラエティーに富み、アイドルからの脱却を知らしめるに十分であった。

 本作の発表後、程なくクリーム、ジミ・ヘンドリックスが登場する。すでにザ・フーも破壊的なライヴで大人気を得ていた。もしビートルズが「ラバー・ソウル」においても「ヘルプ」のようなポップソングばかり演っていたら、ビートルズはお子ちゃまバンドとしてすぐに廃れていたかもしれない。その意味でこのアルバムは、知らない間に崖っぷちにいたビートルズを救った極めて重要なアルバムだったように思うのである。(1965年12月発表)