レット・イット・ブリード(ザ・ローリング・ストーンズ)

 「ストーンズは好きか?」。この質問は意外にも「ビートルズは好きか?」より圧倒的に少ない。尋ねられたことはあるはずだが、記憶がない。しかし「ビートルズは好きか?」にしても、好きなバンドを尋ねられて、「ツェッペリンかな」とか答えた時にそう尋ねられるわけで、「ザ・フー」とか答えていたら「ストーンズは?」とも尋ねられたかもしれない。

 えっ、なんで好きなバンドは「ザ・フー」と答えないのか、なんで「ザ・フー」と答えたら「ストーンズは?」と尋ねられると思うのかって?

 一つ目は簡単だ。説明が面倒くさいからである。だって次の質問も決まっている。「ザ・フーの中であなたの一番好きなアルバムは何?」だが、理由は省略するが、答えられないからだ。二つ目は、ビートルズではなくザ・フーと答える人間がストーンズのことをどう思うのか興味を持ちそうだから(ザ・フーを知っていてストーンズを知らないはずがない)。この点はストーンズのところに書いたとおりだが、僕はこのアルバムまでのストーンズは大好きである。前置きが長くなったので中身に入ろう。

 オープニングは「ギミー・シェルター」。イントロからエンディングまで異様な緊迫感に包まれた名曲である。前作「ベガーズ・バンケット」も緊張感のあるアルバムであったが、それはギターやヴォーカルにリバーブを掛けず、さらにギターもディストーションを控えたほぼ生音ゆえの緊張感であって、この曲のような張り詰めた緊迫感ではなかった。ミック・ジャガーのラストコーラスにおけるシャウトはジャガー史上最高のシャウトだと思うが、彼のまるでホルンのようなブルースハープも凄みを加えるのに効果的だったと思う。

 次はロバート・ジョンソンのカバー「むなしき愛」。これはキースがコード進行に手を加えて原曲のデルタブルースをカントリーに変えてしまったが、哀愁があって成功していると思う。次の「カントリー・ホンク」は大ヒット曲「ホンキ-・トンク・ウィメン」のカントリーヴァージョン。これら2曲はオープニングの衝撃の緩衝材にもなっている。

 そして、4曲目は「リヴ・ウィズ・ミー」。僕は常々68年、69年当時の曲はライヴよりスタジオのほうが断然カッコいいと考えている。しかし、かつてはこの曲だけは例外的にライヴ「ゲット・ヤー・ヤ・ヤズ・アウト」のほうが好きだった。ロックにサックスは要らないと思っているからだ。でもいまではこれもスタジオ盤のほうが緊張感があって好きになった。人間って変わるものである。

 アナログA面最後は「レット・イット・ブリード」だ。このアルバムのタイトルナンバーは前作「ベガーズ・バンケット」の流れを汲むアコースティックで緊張感のある作品である。ジャガーの少し演技がかった歌い方が面白いが、これはカントリーというより南部のブルースっぽく僕には聴こえる。イアン・スチュアートのいわゆるホンキートンクっぽいピアノにキースのスライドギターが絡み、まさに酒場の熱気が伝わる感じである。“take my arm, take my leg, oh baby, don’t you take my head”のハモリなんて最高にカッコいい。

 B面は「ミッドナイト・ランブラー」から始まる。ライヴ定番の人気曲だ。途中でシャッフルからエイトビートにリズムを変えさらに曲をブレイクし、ライヴではコーダを盛り上げるのだろう。少しツェッペリンを意識したのかもしれない。次のキースがリードヴォーカルをとる「ユー・ガット・ザ・シルヴァー」もカントリーだが、キースの投げやりなヴォーカルが面白い。そして「モンキー・マン」。この曲は次作「スティッキー・フィンガーズ」以降のストーンズの方向性を暗示した興味深い曲である。ストーンズのところで述べたとおり、ストーンズは「スティッキー・フィンガーズ」以降、スタジオ盤レコードの音がライヴの音に近づいていく。キースのチープな音はまるで「メインストリート」のそれだ。そして最後は「無情の世界」。「無法の世界」ではない。恐ろしいほどに単調な曲を徐々に盛り上げ、7分以上に亘って聴き手を惹きつける組立てはさすがである。ちなみにこの曲のドラマーはチャーリー・ワッツではなく、プロデューサーのジミー・ミラーである。

 ストーンズのレビューについては、このアルバムと前作「ベガーズ・バンケット」のどちらにしようかと悩んでいた。こちらのほうが聴きやすいしファンの人気も高いのだが、僕の音の好みでいうと「ベガーズ・バンケット」なのである。本作のカントリーは前作と比べて緊張感に欠けて心地良すぎる。それでも「スティッキー・フィンガーズ」以降の路線は本作とは明らかに違うのである。これもストーンズのところで述べたとおりだ。

 本作は69年12月に発表されたが、69年と言えば、1月に「レッド・ツェッペリンⅠ」レッド・ツェッペリン、5月に「トミー」ザ・フー、9月に「アビイ・ロード」ビートルズ、10月に「クリムゾン・キングの宮殿」キング・クリムゾン、同「レッド・ツェッペリンⅡ」など、大物中の大物らの最高傑作級のアルバムが次々と発表された年だ。とりわけレッド・ツェッペリンの急激な台頭はストーンズにとって脅威だったに違いないが、69年の大トリで発表された本アルバムの完成度はザ・フーやレッド・ツェッペリンのそれを確実に上回る。

 キースのオープンGギターを前面に押し出した「スティッキー・フィンガーズ」以降の路線が好きなファンが多いが、けだるい日曜日の午後、この作品や「ベガーズ・バンケット」を聴いてブルースに浸るのもいいものである。 (1969年12月発表)