フーズ・ネクスト(ザ・フー)

 「ザ・フーの最高傑作は『フーズ・ネクスト』だろ?」と僕はよく訊かれるが、僕の答えはいつも「一番は決められない」だ。たしかに個々の曲の出来や完成度などを客観的にみれば「フーズ・ネクスト」が一番だろう。しかし、熱狂的ファンにとって「フーズ・ネクスト」という作品は残念すぎるのだ。なぜなら、このアルバムは「ライフハウス」という空前絶後の大傑作の出来損ないだからである。

 「ライフハウス」とは、「トミー」に続くロックオペラ第2弾として71年に発表されるはずだった2枚組アルバムのことだ。この構想はロックアルバムに留まらない、オペラ・演劇・映画まで包摂した壮大なプロジェクトだった。ところが、ピートが一番頼りにしていたマネージャーのキット・ランバート(前作までのプロデューサーでもあった)は猛反対し、他のメンバーもコンセプトを理解できず、さらにレコード会社も消極的で、プロデューサーのグリン・ジョンズから「アルバムだけにしよう」と強く説得されて、この構想は頓挫した。

 多くのロックファンはこの「フーズ・ネクスト」をザ・フーの最高傑作にあげるが、「ライフハウス」にはこのアルバムから「マイ・ワイフ」を除く全8曲と「オッズ&ソッズ」から5曲、その他7曲が収録される予定であった。「オッズ&ソッズ」とは74年に発表された未発表曲集で、僕が時折「一番好き」と答えるほどの名曲集アルバムである。その他の7曲も一部は判明しておりこれらも名曲揃いだ。もし「ライフハウス」が構想どおりに完成していたら、「トミー」が絶賛されていたことからすれば、その作品は空前絶後の大傑作と称賛され、その後のロック界の勢力図は一変していたに違いない。

 ダメだダメだ、このままでは「ライフハウス」のことばかり書いてしまいそうだ。後ろ髪を引かれるが、泣きながら我慢してこのアルバムの9曲だけにコメントする。

 オープニングは人気曲「ババ・オライリィ」。このイントロからは、シーケンサーやシンセサイザーをいち早く導入した進歩性ばかりが指摘されるが、僕は出だしから前作「トミー」までと音のクオリティがまるで違う点をまずは指摘したい。グリン・ジョンズは「ジョンとキースが演奏法を変えるのに抵抗して苦労した」ようなことを言っており、またピートはキット・ランバートのことを「アマチュアっぽい」と思っていたようだが、これらも音質向上と関係するのだろう。ピートはのちにこのアルバムを「初めてまともにレコーディングされた作品」と述べているが、まったく同感である。

 次のハードロックナンバー「バーゲン」も人気曲だ。ピートのボリューム奏法によるイントロが後半シンセサイザーで再現されると浮遊感を伴い疾走を始める。「ラヴ・エイント・フォー・キーピング」はアコースティック作品。だが当初はハードロック調だったというから面白い。そしてジョンの作品「マイ・ワイフ」。これもサウンドはハードロックだ。ジョンがリードヴォーカル、ベース、ピアノ、ホーンセクションを担当している。

 アナログA面最後は「ソング・イズ・オーヴァー」。「ライフハウス」構想では最後の曲に予定されていた最重要曲で、いわば「トミー」における「リスニング・トゥ・ユー」にあたる。エンディングには「ライフハウス」でのこれも重要曲、「オッズ&ソッズ」収録の「ピュア・アンド・イージー」の一節が挿入されている。一般にこの曲はレビューであまり論評されず、ファンの間でも「ピュア・アンド・イージー」のほうが人気が高い。しかし、2度目のコーラス途中でシンセサイザーが入るところから一気に盛り上がり、最後近くのロジャーの“I'll sing my visions to the sky high mountains”の感動的なシャウトには痺れてしまう。そこからはジョンのうねるベースと躍動するキースのドラミング、ブレイク後はこれにニッキー・ホプキンスの力強いピアノとピートのシンセサイザー、ギターが美しく、かつドラマチックに絡み合う。改めて気づいたが、ザ・フーの全楽曲中で僕はこれ(又は「オッズ&ソッズ」収録の「リトル・ビリー」)が一番好きだ。

 アナログB面1曲目は「ゲッティング・イン・チューン」。この曲は美しいバラードとして始まり、徐々に盛り上がって最後はストーンズの「地の塩」エンディングのように走り抜ける。次の「ゴーイング・モービル」のリードヴォーカルはピート。アコースティックギターの曲だが、バンドの躍動感がいかにもザ・フーらしい。そしてライヴ定番の人気曲「ビハインド・ブルー・アイズ」だ。アルペジオで静かに始まって順次ベース、バックコーラスが入り、最後にバンド全員によりハードロックに転じるが、ロジャーのドスの効いた低音ヴォーカルがカッコいい。最後は「無法の世界」。ザ・フーのドキュメンタリー映画「キッズ・アー・オールライト」で最後に演奏され、85年の「ライヴエイド」でも最後に演奏された、これぞザ・フー!と言うべき彼らの代表曲だ。

 アナログB面は駆け足になったが、決してB面がA面より劣るわけではない。前半で飛ばしすぎただけである。

 これを書くにあたってこのアルバムを繰り返し聴いたが、感想が二つある。一つは聴けば聴くほど「ライフハウス」構想の頓挫が残念なこと、もう一つはそれでもこの「らしくない」アルバムをザ・フーの「お薦めの1枚」にしたくないことだ。もしも「四重人格」の「リアル・ミー」がこれに入っていれば、たとえ「ソング・イズ・オーヴァー」がなくてもそれが「お薦めの1枚」になっただろう。僕はみんなにザ・フーからもっとロックを感じてほしいのだ。(1971年8月発表)