ミック・ジャガー

 僕は上のストーンズの項目で、初期のストーンズをブラックではなくポップだと評したが、これはストーンズのメンバーがブラック好きを装っていたと言っているのではない。彼らが、そしてミック・ジャガーがチャック・ベリーやリトル・リチャードなどを好きだったのは事実だろう。ただ、ジャガー‐リチャードの初期の作品はポップであり、また、当時のコンセプトアルバムブームに引きずられて、彼らにアルバム志向があったことにも疑いはない。ゆえに、「サタニック・マジェスティー」までを初期とする僕の分類によれば、初期はポップと呼ぶべきであろう。

 そうだとしても、ミック・ジャガーが黒人シンガーから強い影響を受けていることは間違いない。ただ、黒人シンガーと言っても、スティーヴ・マリオットがオーティス・レディングなどのソウルシンガーから強い影響を受けたのに対し、ミックの場合はそれがマディ・ウォーターズなのである。押し出しの強い「どブルース」なのである。

 実は、僕はロックスターの言う「自分は○○の影響を受けた」という言葉を素直には信じていない。しかし、ミック・ジャガーの言う「マディが好き」は、ローリング・ストーンズという自らのバンド名の由来であるから疑う必要はなかろう。僕はマディのアルバムはベスト・オブ・マディウォーターズしか知らないが、ミックがよくやる語り口調の歌い方や気張るような気取った歌い方はマディの影響ではなかろうか。僕が特に好きなのは、「ジャンピン・ジャック」の最後のサビの直前や「悪魔を憐れむ歌」のギターソロ直後のサビなどの、「気取りながら思いっきり気張って」歌うところだ(裏声を使わない、マリオットと真逆の歌い方である)。まるで「フーチー・ク―チー・マン」のサビでマディが「エーエーブリイバデ」と規格外の大音量で気張るところを思わせる(マディのド迫力には及ばないが、ミックの迫力も相当なものである)。「ストレイ・キャット・ブルース」の語り口調での雑な歌い方もマディの影響といえそうである。これらの部分はすべてメロディーを外し気味に歌っているが、「これぞミック・ジャガー」というべきところで滅茶苦茶カッコいいのである。また、「ギミー・シェルター」の最後の「It's just a shot away」の三連発のシャウトもカッコいい。このシャウトは音程は合っているけどそうでない風に聞こえるというのでジョン型シャウトといえる。「ストリート・ファイティング・マン」の最後のシャウトコーラスも同じだ。ジョン型、ポール型のいずれのシャウトか微妙に聴こえるが、注意深くジョン型でシャウトしているようだ。

 ミックのもう一つの特徴を挙げると、歌詞の語尾をグッと上げながら裏返した、奇声によるシャウト、これとセットになっているといえる「Woo!」という裏声でのシャウトだ(「ブラウン・シュガー」の最後の「I said Yaeh,Yeah,Yeah,Woo!」の「Woo!」である)。これらのシャウトを最初にしたのは「レット・イット・ブリード」の「モンキー・マン」だと思うが、このシャウトが決まり始めたのは「スティッキー・フィンガーズ」の「キャント・ヒア・ミー・ノッキング」からである。これ以降、これをやった歌は、「スター・スター」や「イフ・ユー・キャント・ロック・ミー」の他、相当数がある。このシャウトはミック・ジャガーオリジナルであり、後期のミックの歌に艶と華やかさをもたらしたように思う。

 次にミックの上手いところを挙げると、それは歌の盛り上げ方である。「悪魔を憐れむ歌」などは、そもそも最初の歌い出しは静かであり、曲の盛り上がりに応じて歌は激しさを増していくのだ。「ジャンピン・ジャック」も同じである。一番顕著なのは「イッツ・オンリー・ロックン・ロール」のエンディングである。「I like it」の繰り返しだけで最後に爆発的なピークを創り出しているが、こんな芸当ができるのはミックを措いて他にいないだろう。

 ところで、1968年から70年頃といえば、シンガーはみんなこぞってハイトーンボイスに挑戦していたが、この当時のミックがハイトーンボイスに挑戦していた節はない。マリオットがハイトーンボイスに向かい、マリオットに憧れたロバート・プラントがハイトーンボイスでむしろマリオット以上に有名になり、これにイアン・ギランらが続いて決定的になったのだろうか。否、それだけではないだろう。ロジャー・ダルトリーまでが、マリオットへのライバル意識からハイトーンボイスに挑戦し、同様にポール・マッカートニーまでが一時的に影響されたようにみえる。そこで面白いのが、マディ好きを公言するミックとポール・ロジャース(フリー、バッド・カンパニー)が極端なハイトーンボイスに向かわなかったことだ。マディの唱法とマリオットの唱法は両立しないのだろう(もっとも、マリオットも唱法は違うがマディのローリン・ストーンを十八番にしている)。

 何かの本で昔に読んだのだが、ミックはマディから「歌詞は判らないように歌え」と教えられたと言っている。これは本当かもしれないが冗談かもしれない。だが、メロディーに縛られるな、むしろ外して歌え、くらいは言われていてもおかしくはない。

 最後に一つだけ残念なことを言いたい。それは「サティスファクション」である。あのメロディーに乗せて「When I’m drivin’ in my car」と歌う部分は聴いていて少し恥ずかしいのだが、皆さんはどう思われるだろうか。