危機(イエス)

 イエスと言えば、言わずと知れたプログレ界の大御所であるが、人によっては「ロンリー・ハート」などのヒット曲を飛ばしたバンドという認識かもしれない。

 そんなイエスを僕が知ったのは、1982年頃、ロック喫茶で「危機」のA面を聴いてであった。もちろん曲自体は知っていたが、誰の曲かを意識したことがなかったところ、後半のリック・ウェイクマンのハモンドソロが終わってジョン・アンダーソンの歌が徐々に盛り上がるところで僕はその音に聴き入ってしまった。そして異様に盛り上がってクライマックスに達し、エンディングを迎えたところで僕はレコードジャケットを見に行って、それがイエスの「危機」であることを知った。「これがあのイエスか、イエスってこんなにカッコ良かったんだ」と感動した僕は、このアルバムをその日のうちに買ったはずだ。

 僕にとってのイエスとはジョン・アンダーソンであるが、もう一人を上げるなら、それはキーボードのリック・ウェイクマンやベースのクリス・スクワイアではなく(スクワイアは当時ポール・マッカートニーより人気だった)、ギターのスティーヴ・ハウだ。そしてこのA面の四部からなる組曲「危機」は、ジョン・アンダーソンとギターのスティーヴ・ハウの共作であり、この二人が主役である。では中身に入ろう。

 A面に針を落とすと、遠くから川のせせらぎと鳥のさえずりが聞こえてくる。深い森に迷い込んだイメージだ。これに続けてシンセサイザーが入ってくるのだが、それとともに鳥のさえずりが激しくなり、聴き手の胸騒ぎがいよいよ高まったところでようやくバンドがなだれ込んでくる。ここでバンド演奏が入るまでに約1分が経っているのだが、ここからも普通じゃない。ギターのメロディーがこれまでの人生で聴いたことのないような不安感・焦燥感を掻き立てるもので、まずコードが分からない。キー(調)が分からないのだ。いまならキーのない(無調)部分を含む、いわゆる現代音楽風のパートだと気づくのだが。

 そして、突然に美しいハーモニーとともに不快な音楽はブレイクし、この曲のテーマであるスティーヴ・ハウの美しいギターの旋律がワルツに乗ってなめらかに響き渡る。この部分が僕は大好きだ、って言うかこの手前の現代音楽風のパートも大好きなのだが、ここまで約3分間の不快感が大きかっただけに、このコントラストによる快感も大きいのである。アンダーソンの歌声はようやく4分を経過して入ってくるのであるが、その前のインストのパートが第一部である。

 アンダーソンの歌の入る第二部と第三部は時間的に一番長くて物語も多い部分であり、情感もあって僕も大好きな部分であるが省略する。続く第四部はこの曲のテーマである旋律がキーボードで再現されて始まる。長いハモンドソロの後、第二部が移調してこの物語は再開される。僕がかつてロック喫茶で感動したのはこの第四部だが、その前半部分が終わってブレイクし転調する場面のハッと息を呑む美しさ、そこからのさらなる盛り上がりの美しさはロック史上に燦然と輝く宝石のようだ。エンディングはまた森に流れる川のせせらぎと鳥のさえずりである。

 A面の余韻でぐったりしつつもB面に移ると、次はこれも組曲の「同志」だ。第一部はシンプルでキャッチ―なメロディーで、第一部から第二部に移る場面のメロトロンの旋律も叙情的で劇的な美しさである。さらに第一部のメロディーが第二部でも再現されるなど全体の統一感もあって、この組曲の完成度も相当に高い。第三部で物語は第一部が移調して再開されるが、統一性を保ちながら異なる曲として広がり、最後はELPのようにドラマチックにコードが急展開する。短い第四部が終わった時には「もう10分が経ったのか」と驚かされるだろう。ただ、バンド演奏が始まるまでの最初の1分余りは無駄ではないか、どうも曲をあえて長くしたいだけではないか、と勘ぐってしまう(実際にライヴアルバム「イエスソングス」でのイントロはまったく違う簡潔なものだ)。

 最後は「シベリアン・カートゥル」。スティーヴ・ハウの歯切れのよいギターリフが印象的なこれも約9分の長い曲だ。発表当初からライヴではオープニングで演奏され、「イエスソングス」でもオープニングで披露される人気曲である。イントロ出だしからノリがいいのだが、何よりこの曲のハイライトはエンディングのフェイドアウト直前のスキャットコーラス部分だ。「ダッ、ドゥダードゥダー、ダドゥディダドゥディダドゥ♬」などの「これぞイエス」という部分だが、極限まで張り詰めた緊張感が作品の美しさを際立たせる。

 本作はロック史に残る傑作と言えるだろう。ELPの最高傑作「恐怖の頭脳改革」より研ぎ澄まされた繊細さ・美しさがあり、完成度も上だと思う。ELPファンの僕としては嫉妬してしまう。

 イエスにしてもキング・クリムゾンにしても、ジェネシスもそうだが、プログレバンドというものはメンバーの入れ替わりが激しい印象である。イエスなどは80年代後半に二つに分裂して裁判になったくらいだ。最高傑作とされる本作発表当時のメンバー5人のうち、クリス・スクワイアを除いた4人が一緒になってもイエスを名乗れなかったのである。

 そうだ、そんなことよりジミー・ペイジ、クリス・スクワイア、アラン・ホワイトの3人が大昔に録音した曲があるのだ(バンド名は「XYZ」だったと思う)。これは未発表のはずなのに、以前にどこかで聴いた記憶があって、しかしいつどこで聴いたかまるで思い出せないのである。誰か知ってる人はいないだろうか。(1972年9月発表)