恐怖の頭脳改革(ELP)

 僕が一番好きなプログレバンドはELPだ。しかし、ネットをみると、プログレバンドの中でELPの人気はあまり高くない。僕の高校時代(75年~78年)の感触では、イエスとELPの人気が突出していてピンク・フロイドやキング・クリムゾンはあまり人気がなかったし、ジェネシスなんて日本ではほとんど無名だったと思う。ところが現在、知名度を含めた人気で言えばピンク・フロイドが圧倒的であり、ジェネシスももはや超大物クラスである。ここから少し離れてイエス、また少し離れてキング・クリムゾン、それからELPではないか。キング・クリムゾンとは逆かもしれないが、CDの総売上で決めれば軍配はキング・クリムゾンに上がりそうに思う。

 では何でここまで差がついたのか。70年11月に発表のELP1枚目のアルバムは全英4位、全米18位、71年5月発表の2枚目「タルカス」は全英1位、全米9位のほか、このアルバムまでに発表した5枚すべてが日本を含めて世界中で大ヒット、さらにウィキペディア情報だが英国のメロディー・メーカー誌の人気投票において、ELPは71年、72年と連続1位(70年はレッド・ツェッペリン、73年はイエスが1位)、全メンバーも各部門で1位を獲得するほどだったのに、である。

 僕が思うには、活動期間が短すぎたのではないか。実質的に最初のライヴとなるワイト島フェスティバルが70年8月、アルバム発表が同11月で、主な活動は74年8月のアメリカツアーまでであるから、わずか4年である。そして、次の「ワークス」が3年4ケ月後の77年3月で、これが酷評を受け、次の「ラヴ・ビーチ」も酷評、でそのまま解散であった。しかも、80年代に入ってエイジア、イエス、ジェネシスらのプログレバンドが人気であったことからELPも再結成に動いたが、「P」のパーマーがエイジアを優先して参加を固辞し別の「P」コージー・パウエルが参加。にもかかわらずパーマーが「ELP」の名称使用に異議を唱え、裁判になってパーマーが勝訴。さらに翌年エイジアを脱退したパーマーが参加すると今度は「L」のレイクが参加を拒否、よってそのバンドもELPを名乗れず、結局、ELPの再結成と新作発表は92年6月になる。遅すぎであろう。

 前置きが長すぎだ。内容に入る。アナログA面1曲目は「聖地エルサレム」。これはクラシックでもトラディショナルでもない、英国で愛される一種の讃美歌だそうだが、これが荘厳にアレンジされている。セカンドヴァースがとりわけカッコいいのだが、エンディングで次々とコードが変わって凄みを帯びる展開がいかにもELPらしい。次の「トッカータ」とは、もともとはクラシックで「即興的な楽曲」のことらしいが、この曲は現代音楽家作の曲をアレンジしたもの。原曲を知らないが非常に攻撃的な曲だ。現代音楽家の曲と聞いて納得である。次の「スティル...ユー・ターン・ミー・オン」はいかにもグレッグ・レイクらしい美しいフォークソングだ。「用心棒ベニー」とともに、次のとてつもない30分の前に軽い曲を2曲並べたのかもしれない。

 そして「悪の経典#9」である。まずはA面最後の「第一印象 パート1」。最初の2分ほどは普通に進むが、そこからは最後まで目まぐるしい急展開が6分半続く。この6分半が、陳腐な表現だが本当に凄いのである。速い展開のほとんどの箇所に聴き手を驚かせる仕掛けがあって、もし僕が横にいても逐一の説明などできそうになく、こんな紙面で説明など到底不可能だ。それはB面最初の「パート2」の5分弱も同じであり、ここでも冒頭から新たな展開が待っていて一瞬の油断もできない。「第一印象」において、あえて一点だけ聴きどころを挙げるなら「パート1」「パート2」双方にあるギターソロ後半でのドラムとキーボードによるスリリングなバッキングだ。このバンドのドラムの不安定さは大変なものがあるのだが、ここでは危機感を効果的に高めている。「パート2」はキーボードとギターの長いソロを終えてようやく「パート1」の間奏前のヴァースに戻る。13分を超える大作はエンディングまでスリリングだ。

 次はピアノが主役の約7分のインスト「第二印象」。73年当時のキング・クリムゾンも目指したいわゆるジャズロックだが、ELPのジャズロックはひと味違う。流れるような展開と後半部の盛り上げ方はさすがエマーソンである。

 最後は宇宙戦艦ヤマト、ではない、「第三印象」だ。ELPの名誉のために補足するが、曲の発表はこちらが先である。この曲は約9分の大作のなかで人類とコンピュータの最終戦争を描いている。最後の歌詞がコンピュータの“I’m perfect! Are you?”であり、最後のシンセサイザーの音がコンピュータの暴走を暗示しているため、僕はコンピュータの勝利と解しているが、様々な解釈がなされている。この曲のエンディング直前、この勇ましい曲調はコンピュータの“I let you live!”(私がお前たちを生かせたのだ!)を合図に一変し、人類代表レイクの“But I gave you life!”(だが私がお前に命を与えた!)のシャウト以降に急展開するコード進行は悲劇的結末、すなわち人類の敗北を暗示する。僕はいま、これを何度も聴き返しながら書いているが、ずっと鳥肌が立ったままだ。

 このアルバムをイエスの「危機」と比べるなら、「危機」は美しい芸術的な傑作、「頭脳改革」はスペクタクルなエンターテイメントの傑作と言えるだろうが、僕の好みは二つのレビューを見比べれば明らかだろう。(1973年11月発表)